気まぐれ日記:中国人がみる中国の卓球文化

日々

こんにちは,晚上好、🌼hanaです。

オリンピックが終わり、少し寂しくなっていませんか?

我が家がオリンピックで最もちゃんと見た種目は卓球でした。🌲と夫婦で混合ダブルスの日中対戦を観戦して、お互い自分の国の応援を思わず口に出したのが面白かった。中国の劉詩雯(リュウシブン)と許昕(キョキン)が日本の水谷・伊藤選手に負けたのが極めて残念ですが、次回のオリンピックの楽しみと、中国卓球のより一層の努力の理由を作ってくれましたね。

ところで、中国の卓球に関する記事をよく見かけるけど、中国人として、自分の認識している中国の卓球文化を語ってみたいです。

中国の”国球”

卓球は最初にイギリスに作られて、ヨーロッパから世界へ広がったが、今は中国を含めてアジアがトップにあります。

中国人はみんな卓球できる?

中国人であれば、多少卓球ができると思います。少なくとも、私が中国に生まれて育てられてきたこの20年では、卓球ができない人は会ったことないです。

私が最初に卓球に触れたのが、小学校の体育の授業で先生から教えてもらった時でした。(ちなみに、小学校から大学まで、全ての学校に必ず卓球台がありましたね)学校で教わるから、卓球が完全にできない中国人はいないと思います。

卓球台は体育の授業以外の時間でも時々人気

卓球は人気のエンターテイメント?

うちも、偶然(両親と私)家族3人ともスポーツが好きで、来日前も、帰省するときも、時々ジムで家族で卓球をしていました。街にも普通に卓球館(卓球用ジム)があって、それくらい、国民に人気ですね。

うちだけではなく、私が帰省する時に、昔の高校の友達と会う旅、カラオケか、麻雀か、卓球かですね。普通の娯楽のオプションになっていますし、両親とその友達とも時々卓球やりますね。

政治もサポート?

中国では”卓球外交”というのがあります。パンダ外交的なイメージですね(笑)。

卓球外交は最初日本が作ったもので、中国はただそれを真似したですね。1949年に中華人民共和国が成立して以来、ロシアを除き他の国との外交はなかったですが、1971年に日本で開催された世界卓球の試合で、中国が初めて海外のイベント(スポーツでも文化イベントでも)に出ました。それ以来、アメリカ卓球チームの中国への訪問をきっかけて、アメリカとの外交を開始できました。

1970年代当時の卓球外交のチラシ

今になって、アフリカとの外交にも、卓球が活躍していますね。

”国球”と呼ばれているわけで、政治面のサポートがなければ中国国内のほぼ全ての学校で卓球台が設置されることはないでしょう。(笑)

ずっと強い、ずっと愛される、ずっと努力

中国の卓球代表に選ばれる選手は、みんな”万人に1人”という倍率と言っても過言ではないです。全員が小学校低学年から卓球をやり始めていて、しかも途中で途切れなく学校の代表、区の代表、市の代表、省(日本でいう県)の代表、国の代表というサバイバル道を歩いてきています。少しでも気が抜けていたら、すぐに代表から外されますから、彼らは毎日も努力しています。

特に国の代表になると、卓球をやることは自分のためではなくなり、国のためになり、それは今までの10倍努力しなければならないことになります。(愛国心がちゃんと教育されていますね。笑)

例えば許昕(キョキン)選手が、2019年の時、1日で最大13回の試合をしていました。試合が終わり次第すぐに氷で腕を冷やしたりして、それでも最後彼の体が持たなくなり、腰に怪我ができました。。。その後も、腰にサポーターをつけたままで最後まで試合を頑張っていました。。。

選手たちの努力が幸い、成果につながっていています。彼らの努力も国民に認められていて、中国では、卓球代表が国民的に愛されていますね。

ちなみに、2011年に卓球代表みんなで歌う曲が誕生し、中国国内で大ヒットになり、その後卓球代表のみんながほぼ毎年に曲を一つ(合唱)出しています。興味がある方はぜひ聞いてみてください。私は毎回見ながら爆笑していました。(福原愛選手も何年も参加して歌っていました)
https://www.youtube.com/watch?v=1RJ_M0JLUdg

最後ですが、今回のオリンピックは日中対戦もありましたが、実は両国の卓球チームはみんな仲良しです。こういう関係はいいですよね。いい競争相手だと思います。

孙颖莎選手と”どっちの腕がより太い”と比べる伊藤選手
お母さんの手作りおにぎりを陳夢、馬琳にあげる伊藤選手

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